大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)255号 判決

上告人

有限会社聚楽園

右代表者

伊藤貞夫

右訴訟代理人

篠崎芳明

大場常夫

被上告人

中野区

右代表者区長

青山良道

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人篠崎芳明、同大場常夫の上告理由について

道路法四七条四項の規定に基づく車両制限令一二条所定の道路管理者の認定は、同令五条から七条までに規定する車両についての制限に関する基準に適合しないことが、車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ないものであるかどうかの認定にすぎず、車両の通行の禁止又は制限を解除する性格を有する許可(同法四七条一項から三項まで、四七条の二第一項)とは法的性格を異にし、基本的には裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものであることは、右法条の改正の経緯、規定の体裁及び罰則の有無等に照らし明らかであるが、他方右認定については条件を附することができること(同令一二条但し書)、右認定の制度の具体的効用が許可の制度のそれと比較してほとんど変るところがないことなどを勘案すると、右認定に当たつて、具体的事案に応じ道路行政上比較衡量的判断を含む合理的な行政裁量を行使することが全く許容されないものと解するのは相当でない。

これを本件についてみるのに、原審の適法に確定したところによれば、被上告人の道路管理者としての権限を行う中野区長が本件認定申請に対して約五か月間認定を留保した理由は、右認定をすることによつて本件建物の建築に反対する附近住民と上告人側との間で実力による衝突が起こる危険を招来するとの判断のもとにこの危険を回避するためということであり、右留保期間は約五か月間に及んではいるが、結局、中野区長は当初予想された実力による衝突の危険は回避されたと判断して本件認定に及んだというのである。右事実関係によれば、中野区長の本件認定留保は、その理由及び留保期間から見て前記行政裁量の行使として許容される範囲内にとどまるものというべく、国家賠償法一条一項の定める違法性はないものといわなければならない。

以上の次第であるから、所論の点に関する原審の判断は、その結論において正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 栗本一夫 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進)

上告代理人篠崎芳明、同大場常夫の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一、1 原判決の要旨は被上告人のなした本件通行認定留保が実質的に違法性を欠くということにある。

2 ところで、東和鉄筋工業株式会社外一名のなした本件通行認定申請は被上告人に対し申請に係る車両が道路法および同法四七条一項の規定に基づく政令である車両制限令に規定する特殊車両に該当するか否かの認定を求めるものにすぎないのである。従つて、認定の対象となるべき事項は

(一) 「幅、総重量、軸重又は輪荷重が第三条に規定する最高限度をこえず、かつ、第五条から第七条までに規定する基準に適合しない車両」であること

(二) 「その基準に適合しないことが車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊」であること

のいずれも客観的事実のみである。そして、この事項にいずれも該当したときは「やむを得ない」ものと「認定」され、「第五条から第七条までに規定する基準に適合する」ものと「みな」されるのである。

なお、「やむを得ない」という法文は、基準に適合しない車両であつても特殊である場合にはなお基準に適合するものとみなすと読み換え解釈するものであつて、「認定」するについて「やむを得ない」というように「認定」についての裁量を許すが如きに解釈するものではないことは車両制限令の趣旨ならびに同条の論理的解釈から明らかというべきである。

そして、東和鉄筋工業株式会社外一名の本件通行認定申請に係る車両がいずれもその認定対象に該当し、従つて通行認定されるべきものであることは明らかである。

3 道路を通行することは何人もいかなる時であろうと自由にすることができることは自明の理であり論を俟たない。

そして、道路法はこのことを前提として、特に定められた例外的場合において「道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため」に「道路との関係において」、車両制限令に定める基準に適合しない車両について「道路を通行させてはならない」と規定しているにすぎないのである(道路法四七条一項、二項)。

そして、同法文にいう「交通の危険」とは、当該車両が通行した場合、当該車両自体(車幅、重量、車高などの物理的状態)から一般的、抽象的に惹起されうることが予想される危険をいうにすぎないのである。そして、道路法四七条一項、二項に該当しない限り、車両が自由に道路を通行することができるのは、行政庁の道行に関する何らかの行政行為があつて初めて可能となるのではなく、そこには行政庁の何らの行為も介入する余地のないものである。

従つて、特に道路法四七条一項、二項に定められた場合にのみその通行が制限ないし禁止されるのであるが、その制限ないし禁止も車両制限令一二条の規定により解除されることとなれば、道路の通行については自由となるものである。すなわち、このことは、権利制限規定は厳格に解釈適用されなければならないという法律解釈の原則からもいいうるが、権利制限を解除することを定めた規定についても、その解釈適用が厳格になされなければならないことも妥当するのである。

4 以上のように、道路法ならびに車両制限令の立法趣旨ならびにその解釈適用およびそれらの内の本件に関して適用されるべき道路法四七条一項、二項車両制限令一二条の条文自体の解釈において、上告人のなした本件通行認定申請に対する被上告人の認定は当該車両の構造等の客観的状態のみを認定の対象事項としてなされるべきでもつて、それ以外にいかなる要素もその認定について考慮されてはならないものである。従つて、原判決が被上告人のなした認定保留を実質的に判断して違法性を欠くとしたことは「認定」の解釈を誤つて、認定の対象以外の附属事情をも考慮に入れた結果を「実質的」となしたものであり、明らかに法令の違背があることとなり、それによつて判決に影響を及ぼすことは、「実質的」違法性を欠くとした結果上告人の請求を認めないものである以上明らかである。

二、1 仮りに、百歩譲つて「認定」に際し、原判決の如くその余の事情を考慮することが許され、「認定」するについて実質的価値判断をすることができるとしても、上告人のなした「認定留保」は実質的価値判断を口実としたものにすぎず、従つて、なお違法というべきであり、これを実質的に違法性を欠くとした原判決には法令の違背がある。

2 被上告人は東和鉄筋工業株式会社外一名からなされた本件通行認定申請に対し五ケ月という長期間に亘つてその認定を留保したものであり、昭和四八年一〇月一九日に至り通行認定をしたものである。

ところで、被上告人は昭和四八年九月二九日、上告人の異議申立に対して「関係者と付近住民との間で話合いが十分に行なわれ、円滑な建築工事ができるような状況になるまで」認定を保留しているとのことであつたが、昭和四八年一〇月一九日に「①聚楽ハイツの建築に関し、建主と近隣住民は紳士的な話合いにより紛争解決に努力することについて合意した。②建主は、建築工事を再開するについては、近隣住民の事情を十分に考慮し、トラブルを避けるよう努力する旨言明した。」との理由により昭和四八年一〇月一九日付で認定した。しかし、被上告人のなした認定に関する理由は全く事実に反しているものである。すなわち乙第四号証の二、三によれば被上告人が認定した昭和四八年一〇月一九日ころの上告人と建築反対者との交渉等の経過は次のとおりであつた。

四八・一〇・ 三 異議申立

四八・一〇・一五 第一回話し合い

四八・一〇・一九 認定通知

四八・一〇・二二 第二回話し合い(建主側は六階、18.48米を主張、住民側は従来の要求通り五階、一五米を主張、不調に終る)

四八・一〇・二九 第三回話し合い(進展なし)

四八・一一・一二 第四回話し合い(住民側主張の本屋五階建、一五米、カット分は隣の伊藤徳治との境界線からできるだけ離すことが議論の中心)

四八・一二・一〇第五回話し合い(建主側は篠崎弁護士だけを矢面に立て、強行のかまえ、建主側は六階、18.48米、当面増築分なしを主張。住民側は東京都の示した案より高く、日影、風害、環境ハカイについて少しも考えられていないとして拒否)

四九・ 二・ 二 和解成立(東京地方裁判所昭和四八年(ヨ)第八〇九〇号事件)

このとおり、被上告人が認定をした昭和四八年一〇月一九日以後も、なお、上告人と上告人の建物建築に反対する近隣住民との間に全く建築される建物に関する話し合いすら調整ができず、従つて「建築再開」については議題にもなつていなかつたのであり、従つて被上告人が認定する理由とした事実は全くなかつたことがうかがえるばかりか、認定を保留した時と状況は全く変つていなかつたのである。

3 従つて、仮りに認定について実質的判断が許されそれによつて保留したとしても、被上告人において認定保留した理由は、認定時と全く異らない状況下になされ、それを理由としているものであるので、全く合理的な理由のない単なる被上告人の一時的な口実にすぎないものであり、実質的判断とは何ら関係のないものである。

4 このことより、被上告人のなした認定保留は被上告人の全く独断かつ偏見的判断に基づくもので違法性を欠くものではない。

三、更に、被上告人本件通行認定申請に対する保留は被上告人の権限に属しないことを実質的に阻止する目的をもつてなされたものである。すなわち、被上告人は、上告人がその権限を有する東京都建築主事から昭和四七年一二月一日付をもつて得た鉄筋コンクリート造陸屋根式六階建共同住宅、いわゆる聚楽ハイツの建築確認(確認番号二一〇二号)に基づき適法に建築しうる建物の建築工事を遅延させる目的の下にその建築工事に必要な資材を現場に搬入するための車両についてなされた本件通行認定についてその認定を保留したものである。

このことは本件通行認定以外のいわゆる聚楽ハイツの建築工事を不当に遅延することを唯一の目的として通行認定を保留したものであつて、道路法および車両制限令の趣旨を大きく逸脱するものであることは明らかである。そして、被上告人の本件通行認定保留はいわゆる聚楽ハイツの建築確認に関する権限を何ら有していないにもかかわらず実質的には建築確認権を有することと何ら異らない結果をもたらすものであることも明らかである。従つて、仮りに実質的判断が許されるとしても、何ら権限も有しない事項を対象とし実質的にその権限を有すると同一の効果をもたらす事項を阻止することを唯一の目的としてなされることは許されず、被上告人の認定保留はその目的ならび権限からも許されないものというべきである。

四、また、原判決は実質的判断を許されるとしてその理由を主として近隣住民のいわゆる聚楽ハイツ建築反対の面をのみ強調して、上告人の土地所有権の一形態としての土地利用という面を不当に看過しているものである。すなわち、原判決は近隣住民の反対により直ちに交通混乱ひいては地域の平穏阻害となり、そのため被上告人の認定保留は違法ではないとしているものである。しかしながら、上告人のなさんとしているものは適法な所有権の行使であり、かつその行使について適法なる建築確認という行政処分を得ているのである。従つて、被上告人のなした認定保留は上告人の所有権行使を不当に侵害するものである。しかも、近隣住民の被上告人に対する陳情も「道路使用許可につきまして慎重な態度で臨んでくださいますよう」(乙第一号証)「道路使用許可を出されるとするなら……適切な措置をとられるよう」(乙第二号証)ということであり、認定することについて絶対反対しているものでもない。また認定について条件を附することができることは法令上明らかな以上被上告人は認定を単に保留する以外にも十分な方法が講じられるものである。これらのことを看過して単に被上告人の認定保留は実質的に許されるとした原判決はその違法性判断の事実認識を誤まつたものというべきである。

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